このマンガがすごい!2013のオンナ編第2位という、ご存知『式の前日』です。内容の素晴らしさはもちろん、デビュー作がランクインした事も手伝って大きな話題になり、特設棚、レジ横、平積みと色んなところで目にしてきた作品。
絶対ハズれない空気は表紙から漂いまくっていますよね。時々目にするコメントや感想も「ぐっときました」「涙が止まりませんでした」とか書いてありました。気にならないわけがない!でも、今日まで読んでいなかったのは、確実にやられる気がしていたからです。。。
やられるって言っても、宮村(©ホリミヤ)の色気や恭也くん(©オオカミ少女と黒王子)の上から発言や龍(©君に届け)の強引さに、呼吸を止められたり逆に過呼吸になったりして殺られるのとは違うんだ。フツーにダメージ食らって人生の疲労を実感する的な “やられる” なんだ。
ファンタジー(少女マンガ含む)に殺られるのは至福です。そうなりたくてマンガに向かっています。そこで殺られるのは、一匹の萌え豚である自分。でも、この手の作品にやられるのは、生身の自分なんだ。どこにでもいる会社員の、仕事や恋愛に悩む自分。
だから近づかなかったのですが。。不意に作品の引力に負けて買ってしまいました!全5話+α。どの物語も、珠玉の短編の名に恥じぬ素晴らしさですが、特に気に入った2作品の感想を書きたいと思います。
◆式の前日タイトルにもなっている1話目のこの作品。
昭和な佇まいがなんとも言えず、開いてすぐに涙腺が弛む。まだ何も始まっていないのにww 日本人には、昭和っぽいものに胸を打たれるDNAがプログラムされていると思います間違いなく。
内容は、タイトルそのままです。
結婚式の前日。ひとつ屋根の下、いつもと同じように過ごす男女。男性が縁側で昼寝をし、女性が作った夕食を食べ、お風呂に入って、寝る。
少し違うのは、女性が試着する服がウエディングドレスだったり、ふと見ると父母の仏壇に手を合わせていたり、居間に布団を並べて寝ようと言いだす事。
普段の景色の中に少しだけ混じる、いつもとの違いから滲み出す、 “明日この人がいなくなる” 事実。
夜、並べて敷いた布団に入ると、女性が言います。
『手つないでいい?』いーよ、と男性は布団から手を出してつなぐ。嫌がるかと思ったのに素直なのね、と女性が意外そうに言うと。
『……だって…泣いてんじゃん?』
沁みる。。。幸せな事なのに、こういう瞬間人はなぜ涙が出るのだろう。結婚という新しい生活の始まりは、それまでの生活の終わりなのだと、当たり前の事が胸に痛い。
さて、後半…というか最後の最後に驚きの事実が判明。この男性は、弟でした。。。
え…ちょ…びっくり…!!結婚相手だと思い込んでいました。自分の勘の悪さにもびっくり。いや、ちょっと違和感あったというか、布団のくだりとかおかしいなと思ったりもしたけどさ…(ゴニョゴニョ
翌朝、弟が姉を送り出す。
タクシーの中から名残り惜しそうに弟を見つめる姉。弟に促され、タクシーが発車する。見送る弟を窓ガラス越しに見つめた後、車内で声もなく涙を流す姉。そして、見送った弟は。
『さあて、歩きますか バージンロード』女性のものだろうセリフをここで弟に言わせるセンスがすごい。そう、父亡きこの一家では、姉とバージンロードを歩くのは弟なんだよなあ。
最後にいくつか薄っぺらい感想。「(略)じゃん?」の「?」にゴロンゴロンした!こんなかっこいい弟困る。禁断の愛展開じゃなくて残念(←真顔)こっちは後ろ髪引かれているのに、タクシーに突っ込まれて行き先勝手に告げられて「行って下さい」って言われたい!
◆モノクロ兄弟ページを開くと、居酒屋におっさんが2人。…え?おっさん2人??めっちゃ地味………。と思ってしまってごめんなさい。萌え豚グセが抜けてませんね。さっきの弟がかっこよかったもんだから、つい。ところが!すっごく良かったんだああああ(涙)わたし、この物語が一番好きです。
50代半ば~60代とおぼしき2人の男性。10年振りに顔を合わせたというこの2人は双子の兄弟。顔を合わせる事になったのは、癌を患い亡くなった同級生・由起子のお葬式のためでした。
亡くなったその人は、弟の初恋の人。葬式で兄弟は、彼女が独身だった事を知ります。
この「独身だった」ところが、ポイントで。。
弟はお酒を飲みながら、珍しく饒舌に昔話を始めます。
『俺 今日 葬儀の間中ずっと考えてたんだ』
『………?』
『なんで由起子はお前だったんだろうなって』弟は由起子さんに片想いをしていたわけですが、由起子さんは兄を好きだった…と弟は思っているのです。兄は当時、活発ないわゆる人気者タイプで、控えめで勤勉な弟とは対照的でした。双子だから顔は同じだけれど、由起子さんがあっち(人気者の兄)を好きになってしまう事に、「なんでお前だったんだ」と言いつつ納得していた弟です。
ところが、兄から帰ってきたのは意外な言葉。
『俺は由起子とは付き合ってない。あの頃きっぱりフられてる』その言葉に、驚きを隠せない弟。由起子さんは兄を好きだったと疑わず、ましてや、兄がフられていたなんて想像もしなかった様子。呆然とした表情。
それを見て、何かを感じ取った兄。「俺がフられたこと薄々気づいていたんじゃないのか?」と意地悪に切り替えしますが、なんとも言えない、まるで時間が止まったような微妙な空気が流れます。
兄と付き合っていなかったなら、彼女が好きだったのは誰…???
実は、それは弟の方だったのです。つまり2人は両想いでした。兄だけが当時、その事を知っていたのですが……そんな事、弟本人には言いたくなかった。それは悪意でもなんでもなく、学生の頃なら誰にでもある当たり前のプライド。
そして、由起子さんは独身のまま亡くなり、そして弟もまた、今なお独身。しかも、行きつけのお店には由起子さんに瓜二つの女性がいて(だからその店を益々気に入っていると思われる)、彼女への想いが消えきらない事を感じさせます。
一番気まずいのは、兄でしょう。彼はこの時、高校生の自分の小さなプライドが、由起子さんと弟の人生を大きく変えてしまったのかもしれない。。という事実に、気がついたはずです。同時に弟も、確信はなくとも全てを悟り、「やっぱり俺はお前が羨ましい」と哀しみを含んだ笑顔を兄に向けます。これは、きちんと告白して、想いを消化した兄の勇気に対するもの。自分もあの時告白していたら、、という後悔の言葉。
当時を全て語るには、時間が経ち過ぎました。当事者の一人が他界する程に。今更手遅れである “由起子さんは弟を好きだった” 事実は、結局この日も言葉にされる事はなく、兄弟の胸に異なる後悔と共にしまわれる事となりました。
そして、由起子さんの葬式から4ヶ月後、弟は肺癌で他界。
弟の死後。ふらりと自宅を出て、歩道橋の上からぼーっと景色を眺める兄。手には、缶ビール。
独り言のように出てきた言葉。
『……あいつに告白する前から あいつが … 由起子が好きなのはお前のほうだって知っていたよ 禄郎』弟の幻覚が答えます。
『…やっぱりな』あの日、居酒屋で言えなかった言葉…これは懺悔でしょうか。

実は2人は両想いだった。今更何を言ったところで、2人はもうこの世にいない。兄の行き場のない後悔のような思いだけが、ぽっかり現世に残されました。いっそ恨まれたら楽な気もしますが、由起子さんも弟も兄を恨むなんて思ってもいないだけに、この兄の心中を慮ると本当につらい。
結局のところ、人間というのは、意識しようともせずとも、決して取り返しのつかない事をして後悔する生き物で、でも、そんな事をしてしまうから人間なんだと、開き直りに似た優しい気持ちを抱かせられました。うぅ、なんだかつらいよー。
こういう、想いをみなまで言わないとか、ハッキリさせないとか、“あえて○○しない” 事を味わい深く思うには、私はまだ子供です。ちゃんと言えばいいのに!とウズウズしてしまう。曖昧なままでおこうという、優しさや思いやりが、切なくて耐えられない。
由起子さんはどんな人生を生きたのだろうと、想像してしまう。生涯独身だったのはもしかして弟を…とか思いたくなる。もちろん、弟・禄郎さんが独身であった事にも同様の思いです。
実際は、単に結婚に興味がなかったのかもしれないし、仕事に生きたのかもしれないし、案外、結婚しなかっただけでどこかの誰かと大恋愛をしていたかもしれない。現実はそんなものだけど、でも、もしかするともしかして…なんて、思ってしまうのです。そこが切なくて哀しくて、でも、誰の恨みもない状態が温かく、ただただ胸が痛みます。
もうね、評判通りです。なんだよこれ最高じゃん(涙)でも、ヒリヒリ痛い…orz 吉田秋生先生の「海街Diary」とか吉村明美先生の「薔薇のために」など、あの辺りを読んだ時の感情に似ています。どちらも、ココロの機微の描き方はさすがだなあと感動するし、なんとも言えない感情がじんわり沁みてくる読後感が大好きなんだけど、コンディションによっては痛すぎるので、あまり再読しないんです。それと同じでした。迂闊に開くとずーんとくる系です。でも好きだ。かなり好き。今更ですが、おすすめです。
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この先生の描く男性はみな、問答無用に色っぽい